DOCTOR-NISHINOMIYA-KITAGUCHI
ブログ
たまに思い出す京都大学の数学の先生
京都大学に入学すると最初の2年間は教養課程と言って、医学以外の勉強がとても多いのです。私の場合は、数学、英語、ドイツ語、体育、日本史、地学などを選択していました。授業を担当してもらった先生にもいろいろ思い出が残っています。
特に医学部で人気があったのは数学の授業かもしれません。担当していた先生が女性でとっても美人だったのです。そもそも当時京都大学には女子学生がとてもすくなかった時代なのです。医学部の私たちの学年は生徒が大体100人くらいで、そのうち女子が12人だけでした。京大全体でも女子学生がとても少なかった時代なのです。今はキャンパスを歩くと女子学生がとても多いので、随分華やかな雰囲気になったなあとびっくりします。
授業を担当してくれていた先生方も男性の方がほとんどでした。女性の先生や学生がとても少なかった上に数学の先生はとても美人だったので、講義はとても難しくほとんどの学生がよく理解していなかったのではないかなあと思うのですが、教室はいつも満員でした。不思議ですよね。
もちろんさすがに京都大学なので、クラスには数学も飛び切りよくできる生徒も何人かはいたわけですが、、。たとえば今私が指導している京都大学医学部ソフトテニス部の中にも高校の数学オリンピックの世界大会で金メダルを取った生徒もいるわけです。彼の高校は名門なのですが、その高校の数学の先生が彼には何も教えることはないと言っていたそうです。
でも、まあこういう生徒は例外で、京都大学の教養レベルでの数学の授業になるとかなり高度の授業になっていたわけです。ただ、難しい講義をされている先生がきれいな女性というだけで人気があったように思います。多くの学生が、ほぼ講義内容がわかっていないくせに、、、と私は思っていました。
時々ふと思い出すことがあるのですが、この数学教師の話は、よく聞いていると哲学の話のような、、、。2次元、3次元、4次元というのはわかりますよね?4次元の話になると空間のある点を指示するために時間という設定を入れる必要があるわけです。3次元で空間が設定されますが、これに時間が加わって、、、。ある数式を示されて、これは要するに空間にねじれがあるの、、わかるかな?ねじれてるのよ、、、、。もうこのあたりから全然わかりませーんって感じになりますよね。こういう話を時々思い出すことがあるのです。
京都大学で学んだ人の後遺症みたいな、、、。ベッドの中で思い出したりすると、わかるかな?とかねじれてるのよ、みたいな言葉がプレッシャーに思えて目がさえてきたりするのですが、きれいな先生だったなあと頭に浮かべたりすると安心してぐっすり寝られたりするんですよね。困ったことです。